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「金で幸せは買えない」の科学的な根拠 - ZUU online

(本記事は、鈴木 祐の著書『科学的な適職』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

お金で幸せはどこまで買えるか?

どうせ働くなら誰でもお金は欲しいもの。収入の多さで仕事を選びたくなるのは自然なことですし、「とりあえず給料が高い求人から優先的に探す」という人も少なくないでしょう。

ところが、こちらも幸福度アップの点では問題があります。給料が多いか少ないかは、私たちの幸福や仕事の満足度とはほぼ関係がないからです。

代表的なのは、フロリダ大学などが行ったメタ分析でしょう。

メタ分析とは、過去に行われた複数の研究データをまとめて大きな結論を出す手法のことです。大量のデータを分析するぶんだけ精度も高くなるため、数ある研究手法のなかでも、現時点でもっとも正解に近い結論を出すことができます。

フロリダ大学のメタ分析は「お金と仕事の幸福」について調べた先行研究から86件を精査した内容で、アメリカ、日本、インド、タイなどのあらゆる文化圏から集めたデータを使っています。お金と幸福に関する調査としては、現時点でもっとも精度の高い結論と言えるでしょう。

その結果は次のようなものです。

◉ 給料と仕事の満足度は「r=0.15」の相関係数しかない

相関係数は2つのデータの関係を表す指標で、この数が1に近いほど関係が強いとみなされ、多くの場面では0.5以上の値を取れば「関係がある」と判断されます。

一例をあげると、多くの人が生まれつきの性格に沿った行動を取りやすいのは当然の話でしょう。内向的な人は積極的にパーティには参加しないでしょうし、好奇心が強い性格に生まれた人は海外旅行や美術展などへ積極的に出向くはずです。

両者の関係性を調べた研究によれば、性格と行動の長期的な相関係数は0.9でした。「人は性格どおりの行動を取る」という考え方は実に当たり前なだけに、やはり実際にも高い数値を弾き出すわけです。

これに比べると0.15という数値はかなり小さく、統計的には「ほぼ無関係」と言えるレベルです。日常的な言葉で言い換えれば「給料が高くなれば仕事の満足度はほんの少しだけ上がるかもしれないものの、現実的にはまず意味がない」ぐらいの意味になるでしょう。

「金で幸せは買えない」とは言い古されたフレーズですが、科学的にはまぎれもなく真実だったようです。

お金を稼ぐより6000%も手軽に幸せになれることとは?

もう少しわかりやすい比較をしてみましょう。

経済学の世界では、「お金から得られる幸福」と「その他のライフイベントから得られる幸福」のレベルを比べる研究が過去に何度か行われています。たとえば収入アップと結婚の幸福を比べた場合に、どちらのほうが私たちを幸せにしてくれるのかを比較したわけです。

具体的な結論をいくつか紹介します。

◉ 仲が良いパートナーとの結婚から得られる幸福度の上昇率は、収入アップから得られる幸福より767%も大きい(年収が平均値から上位104%に上昇した場合との比較)
◉ 健康レベルが「普通」から「ちょっと体調がいい」に改善したときの幸福度の上昇率は、収入アップから得られる幸福より6531%も大きい(年収が平均値から上位1%に上昇した場合との比較)
◉ 離婚や失職による幸福度の低下率は、年収が3分の2も減ったときの幸福度の低下に匹敵する

つまり、がんばって世間でもトップクラスの年収を稼ぎ出したとしても、良いパートナーとめぐりあう喜びや、健康の改善による幸福度の上昇レベルにははるかに及びません。お金を稼いで幸福を目指すなら、まずは人間関係や健康の改善にリソースを注ぐほうが効果は大きいわけです。

年収400〜500万からの幸福度アップは費用対効果が悪い

「年収800万円が幸福度のピーク」との説を聞いたことがある人は多いでしょう。

ノーベル賞受賞者であるダニエル・カーネマンの研究で有名になった事実で、あらゆる職種の年収とメンタルの変化を調べると、およそ年収が800〜900万に達した時点で幸福度の上昇は横ばいになります。これは世界中どこでも見られる現象で、アメリカでも日本でも幸福になれる金額の上限はさほど変わりません。

もっとも、この数字はあくまで「それ以上はいくら稼いでも幸福度がほぼ変わらなくなる」最大値を示したものであり、現実的にはもっと手前から幸福度は上がりにくくなります。

たとえば、令和元年に内閣府が発表した「満足度・生活の質に関する調査」では、1万人を対象に世帯年収と主観的な満足度の変化を比べました。

◉「100万円未満」5.01点
◉「100万円〜300万円未満」5.20点
◉「300万〜500万円未満」5.68点
◉「500万〜700万円未満」5.91点
◉「700万円〜1000万円未満」6.24点
◉「1000万〜2000万円未満」6.52点
◉「2000万円〜3000万円未満」6.84点
◉「3000万円〜5000万円未満」6.60点
◉「5000万円〜1億円未満」6.50点
◉「1億円以上」6.03点

世帯年収300万〜500万円のあたりから満足度の上昇が鈍り始め、1億円に達しても大した数値の変化が見られていません。カーネマンの研究とは指標が違うため単純な比較はできませんが、日本においても世帯年収が300万〜500万円を過ぎたあたりから、急に満足度が上がりにくくなるようです。

また、日本をふくむ世界140か国の収入と幸福度の相関を計算した研究では、こんな結論も得られています。

◉ 年収が400〜430万円を超えた場合、そこからさらに幸福度を5%高めるには追加で年に400〜430万円が必要になる

つまり、すでにあなたが年に400万円を稼いでいるなら、もし年収が倍になったとしてもほんのちょっとしか幸福度は上がらない可能性があるわけです。

もちろん現在の日本人の年収は約350〜360万円ぐらいが中央値なのでもう少しのびしろがありますし、各国で税負担の割合やインフレ率などが異なるため、これらの数値は必ずしも正確だとは言えません。さらに細かいことを言えば地域によっても生活コストは変わるため、大都市と地方でも上限は変わるでしょう。

とはいえ、多めに見ても私たちの幸福度が年収400〜500万のあたりから上昇しづらくなる可能性は高いと言えます。おおまかな参考にしてください。

給料アップの効果は1年しか続かない

「お金で幸せが(ある程度までしか)買えない」のには、大きく2つの理由があります。

❶ お金を持つほど限界効用が下がる
❷ お金の幸福は相対的な価値で決まる

「限界効用」は経済学で使われる概念で、モノやサービスが増えるほどそこから得られるメリットが下がってしまう現象を表したものです。

何も難しい話ではなく、どれだけ好きなケーキでも本当に美味しいのは最初の一個だけで、矢継ぎ早に2個、3個と食べていけば、やがて味もわからなくなっていくでしょう。この状態を、ちょっと難しく「限界効用が下がった」と表現しただけです。限界効用の低下はどの文化圏でも見られる現象で、私たちはいくら贅沢をしようがすぐに慣れてしまい、幸福度はもとのベースラインにもどります。

また、年収に限って言えば、給料アップによる幸福度の上昇は平均して1年しか続きません。

3万3500件の年収データを分析したバーゼル大学の調査によれば、たいていの人は給料がアップした直後に大きく幸福度が上がり、その感覚は1年まで上昇を続けます。しかし、給料アップの効果が得られるのはそこまでで、1年が過ぎた後から幸福度は急降下を始め、それから3年もすればほぼもとのレベルまでもどっていくようです。給料から得られる喜びは実に短命です。

そしてもうひとつ、お金から得られる幸福は相対的に決まりやすい、という問題もあります。年収アップの喜びとは、給与明細の絶対額ではなく他人がもらう給料との比較で決まるのです。

たとえば、もしあなたが百万長者だったとしても、周囲が億万長者ばかりだったら幸福度は上がりません。苦労して高価な腕時計を買ったとしても、友人がより高い腕時計を持っていれば、そこから得られる幸福感は低下します。これは心理学で「ランク所得説」と呼ばれる現象で、8万を超す観察研究で何度も確認されてきました。「他人と自分を比べるな!」とはよく聞くアドバイスですが、どうしても周囲の様子をうかがいたくなるのは人間の本能のようです。

もちろん、以上の話をもって「給料で仕事を選ぶな!」と主張したいわけではありません。

まったく条件が同じ仕事があれば収入が多い職を選ぶべきですし、少なくとも年収800〜900万まではジリジリと幸福度は上がり続けるのだから、そこにリソースを投入して生きるのもまた人生でしょう。

が、劇作家のバーナード・ショーも言うように、「20代の頃より10倍金持ちになったと言う60代の人間を見つけるのは簡単だが、そのうちの誰もが10倍幸せになったとは言わない」はずです。年収アップだけを追いかける人生は、どうしても費用対効果が低くなってしまいます。

それならば、数パーセントの幸福度を上げるためにあくせく働くのをやめて、最低限の衣食住を満たしたあとは空き時間を趣味に費やすというのもひとつの生き方でしょう。すべてはあなたの選択次第です。

科学的な適職

鈴木 祐(すずき・ゆう)

新進気鋭のサイエンスライター。1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方などを伝える講演なども行っている。著書に『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)他多数。

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